最近体調が芳しくなかった。これといって明らかにどこかが悪い訳ではないけど、身体が何となくしんどく疲れやかった。
そして、とにかく脳の疲れがとれない感じが強かった。家庭や仕事上のストレスは確かに大きくそれが原因だと思っていたが、あるときからSNS後の疲労感が尋常じゃないように感じだし、最近はそれが一番の原因だと思うようになってきた。
気が付けばここ最近スマホ、特にSNSの中に滞在する時間がものすごく増えていた。しかしSNSが面白いかと言われるとそんなこともなく、むしろ疲れるし、嫌な気分になっていることが多い。これは健全ではないと思い、症状をAIに相談すると、間違いなくSNSのせいとおっしゃる。というかAIにすぐ聞いているのも同じくらい具合が悪いのだけれども・・・・
ひとまずこれらへの依存を認めることとする。
私の依存度が高いサービスはメインがXでサテライトにYahoo!ニュース(Yahoo!ニュースがSNSかというのはおいといて)あたりか。特に面白くいかと言われるとそうでもなく、むしろ胸糞悪くなることが多いのに暇さえあれば、漠然とした情報収集を名目に開いて見てしまっている。
特に最近のXはおすすめがメインとなり、フォロワーのポストがごく稀にしか出なくなりそれがでるまでスクロールを続けていると、その間に別ベクトルで興味のあるもの、全然興味がない胸糞ポストをついみてしまう。求めるものがなかなか出てこないイライラと、それが出てきた時の喜び、若干興味をそそられる長文ポスト、そして胸糞ポストへのヘイトが混ざり合わさり、モヤモヤとした気持ちが膨らんでいき、思考能力が徐々に低下し更にダラダラとスクロールを続けてしまう。
結果的に滞在時間は伸びていき、脳の疲労とストレスばかりがどんどん溜まっていくのに、何となくアプリを開くのが辞められなくなるこの悪循環。Yahoo!ニュースもXに飽きたらそっちを除き、釣り記事と胸糞コメントといくばくかの興味があるニュースをだらだらと見てしまう。そして飽きたらXに戻る。疲れていると、読書や動画の視聴さえも面倒に感じて、更にSNSへの依存が増す。
どんどん疲れは溜まり、思考能力は落ちていき、そうなると面白くないのにSNSを無意識に見てしまうののはなんでだろうか。思考能力の低下時の、感情の大きな振り幅が何らかの脳の報酬となるのだろうか。
脳報酬的な中毒というものは、麻薬的に面白くて仕方がないからやめられないものだと思っていたけど、そんな良いものでもなく、大しておもしろくもない、むしろ後味が悪いにもかかわらず、脳が感情の振り幅だけを求めて無意識に手が伸びているような状況なのが恐ろしい。実際は大しておいしくもないタバコに自然に手が伸びるようなものと何ら変わりない。
せめて面白くて仕方がないものへの中毒なら感情的にはまだ許せるが、トータルとしてマイナスの嫌な気分になるものに中毒にさせられていると思うと面白くない。
若者のショート動画依存が問題となっているが、
「実際何が面白いのだろう?そんなに面白いものばかり出てくるのだろうか?」
と思っていたが、恐らく中毒の構造は私のSNSと似たようなもなんだろう。
ということで、ひとまずXとYahoo!ニュースを見るのを辞めようとホーム画面からアプリを消してみた。アプリ自体は消していないけど。
そうすることで生活のいたるところでスマホに手が伸びSNSを見ようとしているタイミングを自覚した。休憩時はもちろん、ちょっとした移動中、食事中、なんならトイレや風呂でも見ようとしていた自分に気付く。ひどいものだ。
現状で辞めたのはヘイトとダラダラを重視しその2つのみで、ソシャゲやkindle、見ようと思ってみるwebサイトや動画などは良しとして見ている。
現在10日ほど経過した。最初の数日は習慣的な閲覧行動を押さえたり、抗うのが大変だったが、徐々に慣れてはきていると思う。暇になったら自宅外ではほぼkindleでラノベをみて、自宅ではサブスクでアニメを見るかkindleをみるかゲームをしている。SNS断ちをしても全然大人のきちんとした生活には程遠い。ただベッドやソファで寝っ転がってダラダラとSNSをスクロールしていた時間の一部を意識的にジムや散歩に充てることにしたことはちょっと頑張ったと思う。
効果としては、集中力というのもおこがましいが、疲れてすぐやめていたアニメやラノベを以前のように時間をかけて楽しめるようになった。仕事中も頭を使う作業時の集中度合いは高まった思うが、そもそもの向かう姿勢の問題があるので成果が上がったかというとそうでもない。夜の寝つきはよくなり、慢性的な疲労感は少し回復したように感じる。運動時間が増えたことで若干体重も落ちた。ただ若くないので足腰が時々痛むようにもなった・・・
現在感じることは、何となく属していたように感じていたクラスターの情報は全く入手できなくなり、一抹の寂しさを感じることはあるが、実生活で特に困ることはない。
何となく知的好奇心がくすぐられて知った気になり喜んでいたような情報が減ったことで、知らないことは知らなくてもいいやと思えるようになった。ちょっとだけ鬱陶しさ、小賢しさが減っていれば良いのだけれど。
そして何より人の悪意に触れる機会が減ったことがメリットとしては一番大きい。ヘイトは劇薬で刺激的ではあるが、同時にメンタルを蝕む。わざわざSNSで触れなくても、生きていれば、不可抗力的に人の悪意に晒され、嫌な思いをしたり傷付いたりすることは多い。悪意に対して興味や好奇心はあるが本質的に好きなものではない、好んで自分が理解できないタイプの人々のヘイトを敢えて消化し受け入れる能力もない。だからそれに触れる機会が減った今は健やかな生活を多少なりとも送れていると思う。
SNS断ちの良い面を並べてきたが、SNS自体が悪という訳でもなく、使い方、付き合い方に節度が持てれば有益な情報ツールであることは間違いない。しかし現在の巨大企業が運営するSNSは、収益化のためにひたすらインプレッションと滞在時間を重視するアルゴリズムで動いており、これまでのように上手く付き合うのが難しいのも事実。
結局その人がどのような人生を送りたいかでSNSの使い方の選択をすればよいが、もう古き良きネット時代は過去のものとして、自分の心身と相談しながら付き合っていかないといけないのでしょう。
私も今の生活がいつまで続くかわからないが、もうしばらくは人の悪意に振れやすいSNSやネットには極力触れないような生活を送ってみようと思う。そんなに悪くはない。